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第61回右脳インタビュー
鮫島正洋さん

日本のものづくりベンチャーは知財の面から見て成功するのは非常に難しい』と語る鮫島さんは「下町ロケット」の神谷弁護士のモデルだ。今の特許制度は大企業しか使いこなせないため、様々な変化が世界でも起きつつあるという。

内田・鮫島法律事務所パートナー弁護士・弁理士
1963年兵庫県生まれ。東京工業大学金属工学科卒業後、藤倉電線株式会社(現・株式会社フジクラ)入社。1991年弁理士試験合格。1992年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。1996年司法試験合格。大場・尾崎法律事務所、松尾綜合法律事務所(現・弁護士法人松尾綜合法律事務所)を経て2004年内田・鮫島法律事務所開設、パートナー就任。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科講師。地域中小企業知的財産戦略プロジェクト(特許庁)統括委員長。2012年知財功労賞受賞。直木賞受賞作品『下町ロケット』(池井戸潤著)の神谷弁護士のモデル。

主な著書
『新・特許戦略ハンドブック』(商事法務)2006年
『知財戦略のススメコモディティ化する時代に競争優位を築く』鮫島正洋、小林誠共著2016年

片岡
 今月のインタビューは鮫島正洋さんです。本日は知的財産についてお伺いしたいと思います。宜しくお願い申し上げます。

鮫島
まず全体的な話からすると、嘗ては日米欧三極が世界のGDPの70%近くを占め、特許も主にその中で考えればよかったのですが、今ではその三極のシェアも45%ほどになり、BRICSが大きくシェアを伸ばし、次に中東やアフリカの市場も立ち上がってくるといわれます。

市場がこれほどグローバル化すると、各国ごとに設定された特許権をとるのは手間もコストも大変で非現実的です。そもそも各国は、特許審査を、自国だけでなく、世界各国の文献を調べたうえで判断しますので、まったく無駄な重複です。そうした中で、先発明主義だった米国も先願主義に移行、各国の制度は、大きなところでは違いがなくなってきており、世界統一特許制度を作るというような構想もあるともいわれていますが、強い反発もあります。

世界特許庁ができると、各国の特許庁は大幅に削減されて代理人(弁理士等)も各国に申請するという仕事がなくなっていくからです。いきなりそこまでいかなくても、例えば米国で特許をとれば、他の国でも特許になるというようなものでも、競争力のない特許庁は依頼が来なくなっていく…。いずれにしても、中短期的には、欧州のように東南アジア統一特許やアフリカ統一特許といった地域毎の統一特許というものがでてくるでしょう。

片岡
 発展途上国は特許制度をどんどん発展させることに積極的ではないのでは?

鮫島
例えば東南アジアのある国では、年間1000件の特許が出されています(日本は約30万件/年)。ところが、その1000件の8割、9割が外国資本の特許だとすると、そもそも特許制度は国益に適っているのかという疑念が生じます。

そういう観点からいえば、あまり特許制度を発展させたくないでしょうが、一方、先進国からの投資を得るためには特許制度の整備が求められます。そのトレードオフの中で、自国の特許制度をどこまで進めていくのかということです。

中国も当初、特許制度は自国の発展を阻害するという感覚でしたが、世界経済の主流に躍り出ると同時に特許制度を急速に整備してきました。特許制度は、その国の成長度合いと強い相関があるものです。

片岡
 特にコモディティ化(ここでは、満了特許だけを使って製造できる製品のスペックが、世の中の要求するスペックに達することをいう)した製品の製造だけで十分産業発展も可能な国も多いでしょうね。

鮫島
自国のR&Dによって産業を発展させようというのであれば特許制度を採り入れる必要がありますが、コモディティ製品の製造で十分というのであれば、あまり必要ないでしょう。20世紀までは、特許制度を整えて、企業等が中心となって研究開発をして特許を取り、それによって国の競争力も上がっていくというものが普遍的なモデルでしたが、今は違ってきています。

例えば中国は先程述べたように、科学技術に対しても力を入れ、特許制度も整えてきましたが、実際に同国を潤わせているのは明らかに特許モデルによるものではありません。そういう流れの中で、そもそも特許は今でも有効なのかというのがコモディティ化の話です。

さて、私は東京工業大学キャリアアップMOT知財マネジメントコースのコーディネーターをしているのですが、その受講生グループの調査によると、シャープは世界で初めて太陽光パネルを1964年に発売、2000年までは90%を超える圧倒的シェアでした。同社は国内外に5000件もの特許を保有していましたが、2010年には同社のシェアは3%まで激減しています。

一方、7%のシェアを持ち1位となっていた中国企業は、わずか10件の特許しか保有していませんでした。つまり、シャープが保有する5000件の特許はシェアの維持確保に役に立っていないということです。どういうことが起こったのかというと、商品発売後の20年ほどは、シャープの基本特許、準基本特許、そして改良特許が生きているため、コンペティターは参入できず、シャープは市場を独占していました。

しかし、順次特許が満了を迎えだすと、満了した特許技術だけを使った製品でも、スペックが市場の要求水準に達するようになっていきました。これを「技術のコモディティ化」といいます。そうなると、著しい数の企業が市場に参入、コモディティ製品の価格は劇的に下がり、特許技術による性能差ではとても勝負できなくなりました。

今のシャープのシェアが3%というのは、値段が高くても高性能品を使わないと十分な電力量を確保できない、例えば日本の住宅の屋根に設置するパネルのようなニッチ市場が3%あるということを意味しているのだと思います。

もちろん、個別の案件をみれば、コモディティ化が進む市場においても、とりうる戦略はあります。また製薬のように莫大な投資が必要で独占できないと産業が成り立たなくなってしまうようなものやニッチトップが有効な領域もあります。しかし、多くの産業でコモディティ化が進み、また標準化して皆で安くライセンスし市場を発展させようという動きがある中では、そもそも特許制度はなくてもいいという話が出てきてもおかしくありません。世界特許に向かうのか、特許制度自体を衰退させる方向なのか、特許の世界では、こうした、かなり本質的な変化が2000年ごろから起きています。

片岡
 一方、コモディティ化が起きていない領域では知財をめぐる競争は熾烈で、グーグルが超える巨費を投じたモトローラ・モビリティ・ホールディングスのM&Aは同社が保有する特許が目的であったそうですね。

鮫島
グーグルはICT分野の巨人ですが、創業が90年代後半と浅く、ライバルであるIBMやマイクロソフトに比べて、必須特許ポートフォリオ(ある製品を製造するために実施しなくてはならない特許のうち、回避不能な特許)の観点からは、相対的に弱いといわれ、売上高10兆円に急成長したグーグルは甚大な特許リスクを抱えていきました。

2011年6月、カナダの大手通信機器メーカーであるノーテル・ネットワークスが保有していた6000件の特許のオークションに参加しますがアップル・マイクロソフト等の連合に競り負けます。しかし同年11月、グーグルはモトローラ・モビリティ・ホールディングスを124億ドル買収、同社が保有する24500件の特許ポートフォリオを手に入れ、特許リスクもヘッジしたといわれています。

片岡
 必須特許は、なぜそれほどの価値を持つのでしょうか。

鮫島
日亜化学工業と豊田合成の特許侵害訴訟がわかりやすいのですが、青色LEDでは中村修二氏(日亜化学工業側)と、赤崎勇氏と天野浩氏(豊田合成側)らが共同でノーベル賞を受賞したことからもわかるように、それぞれのグループが発明した必須特許が多数存在(保有は会社)しています。それは、日亜化学工業は豊田合成の、豊田合成は日亜化学工業の特許を侵害しながらビジネスを行っているであろうということを意味します。

この2社は熾烈な特許侵害訴訟を繰り広げましたが、両社が保有していたのは必須特許ですから、互いに回避不能で、相手方の特許無効を主張するしかなく、実際に訴訟過程で幾つかの必須特許は無効と判断されました。そうやって両社は多額の費用をかけて訴訟しあったのに、結局、訴訟では第三者であった、少数の必須特許を持ち競合するX社の立場が強くなっただけでした。

つまり、必須特許を保有している者同士は「持ちつ持たれつ」の関係にあり、特許侵害訴訟しあうことに、少なくとも特許戦略上の意味はありません。一方、必須特許を持たないY社は量産体制を構築しても「持ちつ持たれつ」の関係には入れず、両社からの特許侵害訴訟等で事業撤退に追い込まれます。つまり、必須特許は市場参入の条件だといえます。

そして先行している2社の激しい訴訟合戦は、第三者にとって市場参入の判断のハードルを格段に引き上げ、青色LED市場は相当の期間寡占状態となり、年商数百億円の中堅企業だった日亜化学工業は売上高を数十倍に伸ばしました。つまり、数十億円ともいわれた訴訟費用は、特許戦略上は無意味であっても、事業戦略上は十分に価値があったわけです。

片岡
 相手や環境を分析し、動的にシナリオを見ていく必要があるわけですね。

鮫島
知財は競争戦略です。マーケットの中にどういうプレーヤーがいて、どう動くのか、あるいは、マーケットの外にどういうプレーヤーがいて、入ってくるのをどうするのか、撤退に追い込むのか…突き詰めるとそういうところがあります。

MOTの議論でもポジショニング等の議論はありますが、それがセオリーで終わってしまい、実証ができません。しかし、特許データベースを使えば、その検証が可能です。昔は、特許データベースは「この発明は特許になりますか」「こんな特許ありますか」といった使われ方でしたが、よく考えると、特許は、それぞれの企業等がその分野に投資し、新しい開発をしているから出願しているわけです。

つまり、その企業のマーケットに対するリサーチの結果、マーケット感が反映されており、戦略も見えてくるはずです。

片岡
 そうした分析を通じて、長期的で広い視野で手を打てるかどうかで、特許戦略の意味合が異なってきますね。

鮫島
今の特許制度は、大企業であれば使いこなすこともできますが、そうでないところには、簡単に使いこなせるものではなくなってきています。中小ベンチャーは、ポテンシャルのある市場を自ら顕在化したり、顕在化されるのを待つ体力がありませんので、そうなると、本当に博打になります。もちろん、ベンチャー自体がもともとそういう面もありますが…。

片岡
 全体としてみれば、格差が固定化する方になっているとも言えますね。

鮫島
この辺は意外と意識されていませんが、特許制度の存在自体が経済格差的なものを生みだしている面は確かにあって、私は現場で中小ベンチャーを見ていて、その格差の壁にぶち当たる日々の連続です。

特許は「製品を開発して売りに出してヒットしたので特許でも出そうか」というようにはいかず、完全な先行投資で、ものすごく貧乏な時に出さなくてはいけない。特許を取得していないとVCから投資も得難い。中小ベンチャーにとっては経済的な負担が重く、とても取り切れるものではありません。

「制度として、これでいいのか」と本当に疑問に感じます。日本でモノづくりベンチャーが成功するのは、知財の面から見ただけでも、非常に難しいものです。もっとも、大手でも日本のメーカーは、間違った戦略を立てているというよりも、戦略そのものを立てていないのではないかという気がすることすら多い。

今も「モノを作って量産して儲ければいい」というような戦略もビジネスモデルもない、量産型のビジネスをやろうとしています。それではアップルやグーグルなどのように知財をうまく活用しながらビジネスモデルを作っている米国勢には勝てない。日本にモノづくりで負けたと明確に悟った米国は「どのように、モノづくりに長けた人たちを使うのか」ということに集中してきました。

結果、知財戦略とビジネスモデルを結び付けて考えていかないと儲からない時代となり、そうした中では、日本企業は儲けの出ない“下請け”にしかなれなくなってきています。もちろん、日本企業も米国の会社のように収益化が可能なビジネスモデルと、それに見合った知財戦略を結び付けて、きちんと考え出れば、技術力はあるのですから、日本が勝っていくこともできるのではないかと思います。

そうした中では、モノはアジアで作って日本はブランディングとビジネスモデルでとっていくという米国型のビジネスモデルと、日本にはモノづくりの人がたくさんいるという問題とを折り合いをつけていかなければなりません。いずれにしても知財戦略だけだと、そんなにビジネスの競争力は上がらない分野も多いので、そうした分野では特にビジネスモデルの問題や社会環境との関係でどこに投資するのか、そういう議論もあわせて、はじめて戦略としては成り立つ話だと思います。

一弁護士として発言するのは悩ましいところですが、こうしたことにもの凄く問題意識を持っています。そもそも、知財は、非常にビジネス的な法領域ですので、それを扱う弁護士は、ビジネスをわかっていないと間違った判断をしてしまいます。

そして「法律的にはこうです」だけではなく、「これをビジネスに置き換えた場合のメリットはこれで、デメリットはこれ。こういった攻撃を受ける可能性がある」少なくともそこまで言わないとお金はもらえないと思っています。

だけど昔は、それをやってはいけなかったし、今でも、そんな専門外の領域まで踏み込んで、間違ったことを言ったら責任をとれないからと、かたくなに拒む弁護士もいます。もちろん、私も弁護士的には相当にリスクを感じています。だからこそ、法律的な知識を盤石なものにし、かつ、それをビジネス論につなげるセオリーを作り、自信をもってアドバイスできるように努めています。

片岡
貴重なお話を有難うございました。<完>

聞き手片岡秀太郎
1970年長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志す。
れ起業家を志す。v