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2024/07/15

万博は途上国のお披露目の場 ~多田前事務次官に聞く 第1回トップインタビュー

 経産省の多田明弘前事務次官が、同省顧問として、2025年に20年ぶりに開かれる日本国際博覧会(大阪・関西万博)を担当している。開幕まであと275日(7/12現在)と迫ってきた。自身が手掛けてきた経産省の経済産業政策の「新機軸」も目に見える成果が表れだしてきているので、いろいろ聞いてみた。

 

途上国の思いに応えていくと同時に、若者には「偶然の出会い」を期待

――日本では20年ぶり、大阪では55年ぶりに国際博覧会が開かれます。改めて、この意義と見どころを伺いたい

 1つ強調したいのは、万博は、日本のためだけに開催するイベントではなく、世界のためのイベントであるということ。米中対立もあり、ロシアによるウクライナ侵攻、パレスチナ紛争など、世界の分断が激しくなっている。正直、このように日々、世界各地での戦争被害のニュースが飛び交う時代は第2次世界大戦後、初めてなのではないか。このような時だからこそ、平和な国である日本で、「いのち」をテーマに、「多様だけれども世界は1つ」というメッセージを出す今回の万博の意義は高いと思う。

 そもそも、万博は5年に1回開かれる。これは、特に途上国にとって、5年間のうちに、自分の国がどれだけ成長したか、どれだけ発展したのか、世界の人に見てもらう機会があるということで、ある意味で、彼らにとっての晴れ舞台であり、お披露目の場なのだと思う。

 

 前回の2020年のドバイ万博(実際には一年遅れで開催)はコロナ禍もあり、参加国にとっては諸々の制約があったのが事実。その意味で、参加国にとっては、2015年のミラノ万博以来の10年分の成長・発展の機会を国際舞台でお披露目する、まさに満を持しての参加となるわけで、だからこそ、今回も、160ヶ国という多くの国々が集まるのだろう。
 特に、今回は、2005年の愛・地球博の時と比べて、南半球からの参加国数が非常に多くなってきている。外交上も、経済の結びつきでも、グローバルサウスが大事、アジア、アフリカが大事だと言っているのだから、この時期に彼らを温かく迎えるのが我々の使命であり、最終的には国益にも適うものだと思っている。

 

 もう一つ強調しておきたいのは、リアルなイベントは、ネット上のイベントでは得られないものがあるということ。人の表情や気遣いも手に取るようにわかるし、場の雰囲気や熱量もまるで違う。スポーツや音楽イベントでも、リアルで見る迫力を経験された方は、画面上とは全く違う迫力に圧倒されることはよくわかると思う。
 そして、迫力の違いのみならず、リアルなイベントでは、そこに「偶然の出会い」があるということ。書店での立ち読みで、新しい本と出会う、あの喜び。なかなかネット上では味わえないことではないか。特に、世界の国が一つの場所に集う万博は、まさに、「偶然の出会い」の可能性が無限に存在する場所。70年万博でも、人気のある日本館、アメリカ館などに入れず、空いている館に入って、そこで、思わぬ経験をした、といった方がおられる。実際、私の高校時代の同級生は。偶然に入ったスイス館での「光の木」の光景が目に焼き付いて忘れず、子育てを終え、何をやろうか、というときにそれが甦ってきて、今、照明デザイナーをしている。
 iPS細胞の研究の第1人者、山中伸弥教授や宇宙飛行士の野口聡一さんは、70年の大阪万博を見て、そこで大きな刺激を受け、それぞれに、今の仕事をめざしたと公言されているが、そういった経験を私の友人同様に、多くの方が経験されているのではないかと思う。

 

 こうした「偶然の出会い」、私は「セレンディピティ」(Serendipity)という表現を良く使っているが、偶然の産物というか、偶然性の賜、こうした経験を多くの人たちに味わっていただけたらな、と思っている。特に、若い方々には1人でも多くの皆さんに見に来てもらい、「偶然の出会い」を経験し、人生の目標だったり、将来の夢へのヒントだったり、明るい未来への希望だったり、そういったものを、万博という非日常の場から得てもらえたらと思っている。
 こうした「偶然の賜物」の満ちた場所である万博。日本経済に与える波及効果は2・9兆円と試算されているが、先ほどから指摘しているような人生への刺激みたいなもの、お金に換算できない効果を考えたら、本当に素晴らしいイベントだと思う。実際、来年の万博も、一旦開幕すれば、インバウンドを含めて、かなり盛り上がるのではと期待している。

 

フェール・ファストで進める経済産業政策の「新機軸」

――多田さんが次官の時から、経産省の政策が変化して来ました。ミッション志向型に基づく経済政策の新機軸とはどういうものですか?

個人的な感想を言わせてもらえば、私は1986年の当時の通産省に入省した。昭和、平成、令和の3世代にわたり、役人生活をしてきたが、ちょうど「失われた30年間」とも重なってしまった時期であった。
日本経済を強くするために、役所に入ったのに、このようなことになり、内心忸怩たる思いがある。入省当時は、日米貿易摩擦華やかなりし頃で、プラザ合意後の円高の進展に応じた中小企業対策などが盛んに論じられた。
90年代に入り、バブル経済がはじけた後も、日本経済は国際競争力を持ち続け、それもあって、日米構造協議などが行われたが、その当時は、「内外価格差の是正」が大きく取り上げられていた。例えば、「マクドナルドのハンバーガーが日本ではなぜこれほど高いのだ?」と指摘され、その背景として、日本市場の特殊性が盛んにやり玉にあがっていた。曰く、「日本では、規制によって、市場機能が十分に働かない分野が多すぎる」、「電気・ガス料金が高いのは、そのためだ」「長期取引慣行も新規参入を妨げている」などなど、日本国内の価格の高止まりの背景にある構造問題こそメスを入れなくてはならない、と指摘された。当時、通産省として「経済構造改革」に正面から取り組んだのも、こうした問題意識があったからだとも言えるが、内外価格差の是正、高コスト構造の是正といった視点は、「安い国日本」と言われるようになった今となっては隔世の感を禁じ得ない、
その後、不良債権処理や金融危機なども経て、金融機関の姿勢が萎縮していく中で、事業会社側も、製造業を中心に、債務のみならず、雇用や設備も過剰だ、いう、いわゆる「3つの過剰」を早期に解消すべしと指摘され、より筋肉質の経営が求められるようになった。このこと自体はおかしなことではないのだが、問題は、この動きの中で、事業会社が「守りの経営」に入る傾向が高まり、「攻めの経営」から遠ざかっていくように見受けられたことだ。典型的には、法人税率の引下げが行われたにもかかわら、。

 

賃金の上昇もない、設備投資も行われず、失われた30年の中で内部留保だけが積み上がるといった結果になってしまったのはとても残念だ。
この間、「大きな政府」か「小さな政府」との議論もあった。従来型の産業政策に対し、内外からの批判も多かったので、我々も政府はあまり余計な口出しをせずに市場環境整備を行うにとどめ、あとのアクションは民間に任せようという意識に振れていたのかもしれない。しかし、近年、我が国がそうこうしているうちに、欧米諸国も中国も産業政策に積極的に取り組んできており、いつの間にか、政策的にも我が国が遅れを取り始める事態に至ってしまった。そこで、これではいかんということで、経産省内で議論し、産業構造審議会にも諮り、2021年の夏に、「経済産業政策の新機軸」という概念を打ち出した。

 

混迷する不透明な時代に100%成功する保証はないけれど、政府が一歩踏み出す。政策の失敗を恐れて何もしない「政策の不作為」が一番、怖い。政策の失敗は許されないけれど、「フェール・ファスト」。早く失敗して、修正して先へ進める方が良いという考え方に変え、官民双方が「アフター・ユー」(お先にどうぞ)という睨めっこ状態ではなく、政府(経産省)も一歩踏み出すので、企業の方々も一緒に踏み出しましょう、という考え方を産業界に広めていった。

 

バブルを超える100兆円規模の国内投資

—―あれだけ強かった半導体産業がダメになったのには忸怩たる思いがある、やはり、金融や企業の萎縮が大きかった?

半導体はDXでもGXでも極めて重要になってくるし、現在のサプライチェーンを考えると経済安全保障という観点からも重要な分野。実際に、使われる局面を考えても、IOTと言われるように全てのものがつながってくる世界において半導体の需要は増え続けるし、これから生成AI、データセンター、自動運転,電力制御など、これまで以上に性能が求められるキーデバイスになっていく。特に、これからは「省電力化」がキーとなってきている
そのため、経済産業政策の新機軸の具体的な展開として、大胆な踏み込みをしているところだ。半導体チップの生産には莫大な研究開発資と設備投資が必要であるが、今回は研究開発だけでなく、個別企業の生産工程にまで補助金を出す、といった施策を展開している。結果として、熊本や北海道では関連投資も続くほか、地価や人件費も上がり大変活況を呈している。失われた30年では経験してこなかったような動きが一気に出てきていること、特に、昨年度の民間設備投資がバブル期を超える100兆円規模にまで膨らんできていることは心強い。
ここに所得の上昇とイノベーションが上手く循環していってくれれば、「成長と分配の好循環」が実現されることになる。そのためにも、投資なり賃上げなりも、一時的でなく、しっかりと定着し、継続していくことがとても重要になってきている。(つづく)

 

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