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DXは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」 ~DXの成功と失敗の本質 第一回
DXは、いつものIT業界の流行り言葉のように広まって入るが、実際、企業内でのDX化は思った以上に進んでいない。そこで、独自にDX人材を育て、全く新しい健康志向の保険商品を生み出した住友生命の岸和良氏(理事・デジタルオフィサー)に「DXの成功と失敗の本質」を6回連載で書きおろしてもらった。
住友生命保険では現在、2018年から提供しているDX型健康増進保険「Vitality」をベースとしたデジタル案件を推進し、これを担うDX企画・推進人材の育成に注力している。筆者は5年前から南アフリカ共和国Discovery社との共同事業であるVitalityプロジェクトに携わり、2021年よりデジタルオフィサー(デジタル全般の推進責任者)としてDX推進やDX人材育成を実施中である。
日本の従来型システム開発で育った筆者にとって、顧客体験価値に着目したVitalityの開発では悩むことが多かった。特に苦しんだのは新しいビジネスに不可欠な「ビジネスの仕掛け」の知識不足である。現在、筆者は年間40回以上のDX人材育成セミナーや研修を行っているが、いつも受講者から聞かれることがある。それは「DXの推進担当になったが、何を学べばよいか分からない」というものだ。この答えは簡単で「データ、デジタル」、特に重要なのは「ビジネスの仕掛け」である。
●DXに欠かせない「ビジネスの仕掛け」
「ビジネスの仕掛け」とは筆者が使っている言葉で、ビジネスモデルやマーケティング、消費者行動と価値の変化(モノ消費→コト消費など)などビジネスに影響を与える要素のことで、たとえばプラットフォームという言葉が該当する。ではプラットフォームを作るためにはどのようなことを知る必要があるだろうか?
この質問をすると、多くの人は「AmazonみたいなECサイトに強いなど、(インター)ネットに強いこと」と答えることが多く、プラットフォームと聞けばネットに結び付ける。
しかし、これは正解ではない。プラットフォームはネット(デジタル)と相性が良いのでプラットフォーム=デジタルというのは正しいが、プラットフォームはデジタルの世界だけの「ビジネスの仕掛け」ではない。
たとえば、デジタルでないプラットフォームの代表はゲーム機とソフトの関係のエコシステムと言われる。基盤となる製品とそこで使える多くの製品が組み合わさって大きな価値をもたらすものをプラットフォーム型ビジネスと呼ぶ。
ベースであるゲーム機とソフトが組み合わさり大きな価値を持ち、さらに客を集め、そのゲームのエコシステムが人気になると、さらに買う客とソフトが増える。これがプラットフォームビジネスだ。ネットが大事なのでなく、「客が集まる仕掛けがあること」が大事なのだ。何をすればプラットフォームが作れるかという本質を知ることこそ重要なのである。
●プラットフォームを作るための「ビジネスの仕掛け」
では、プラットフォームビジネスを成功させるためには、何を知っている必要があるか?それは、「ネットワーク効果(ネットワーク外部性)」と呼ばれるビジネスの仕掛けである。この言葉を理解していないとプラットフォームの作り方が分からない。
ネットワーク効果とは、ネットワーク外部性とも呼ばれ、ある場所に客が集まると、その客に商品を販売する者が集まり、それらの商材でさらに客が増えるというスパイラル的規模増幅効果のことである。ただしネットワーク効果という言葉だけを知っていてもダメで、具体的な要素を掘り下げることが必要だ。
ネットワーク効果を引き出すために重要なのは「顧客視点で良いものを創ること」であり、これが分かっていなければ絶対プラットフォームは創れない。理由は簡単で、客が集まって来ないからである。それはプラットフォームを成功させた人なら皆知っている基本原理だ。
●従来型の仕事のやり方では対応できない
このようにDXでは、データ、デジタルはもちろん、多くの「ビジネスの仕掛け」を使って商品・サービスを組成する必要があり、従来のシステム開発やシステム企画とは大きなところで異なる。これを筆者はVitalityで体感した。
従来型のシステム開発手法や組織体制、人材育成方法では、DXプロジェクトを進めることは難しいと感じ、DX企画・推進に必要な体制、開発手法、人材育成について考えるようになった。現在、筆者が住友生命で行っている人材育成は主に要件定義やシステム設計を担当する上流システム人材向けの「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」を使ったビジネス発想力養成やシステム要件定義、システム設計」である。
これを社内、グループ会社のシステム人材だけでなく、広く社外のビジネス人材、システム人材にも行っている。さらに「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」に関連する知識を認定する試験の企画・問題作成なども学会活動として行っている。
どの場でも筆者が繰り返して言っていることは、「従来型のシステム開発とDXのシステム開発では、決定的に上流の工程が異なる」ということと「DXはデータ、デジタル、ビジネスの仕掛けでできている」ということだ。これを理解すればDXが見えてくる。 (つづく)
(この続きは、経済産業新報・本紙で)