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「文系」と「理系」の仕分けがイノベーション人材育成を阻む

木内里美(株式会社オラン代表取締役)

大正時代に始まる文系・理系の区分
日本の高等教育に文系・理系の区分が設けられるようになったのは1918年(大正7年)に公布された高等学校令(勅令第389号)の令8条に高等教育を文科、理科に分けたことに由来するものである。1947年に施行された学校教育法に引き継がれるまで近代日本の高等教育体系を作ってきた。
教育の体系が十分に出来ていなかった時代には、試行錯誤が行われていたことがこれらの法令からも伝わって来る。それは世相をも表しており、女子の大学制度を認めず男女共学の思想さえない信じられないものであった。
この時代に教育区分された文系・理系の思想は今でも強く引き継がれている。しかしその定義は必ずしも明確なわけではなく、サイエンス・非サイエンスというわけでもない。なんとなく定着してしまった概念なのではないだろうか。

時代に合わなくなった教育体系
文系、理系の分離が大学受験のために高校の段階で志望を分けてしまい、学ぶ科目に制限がかかることは望ましくない。数学が苦手だけで理系への進学を諦めざるを得ないとか文系だから数学を学ばないというような選択制限が起こる。得意科目から理系を目指したものの、実は自分の適正と違っていることを途中で気づいてもその修正は難しい。大学に入ってからは尚のことである。社会の人材受け入れも文系理系感覚であるため、仮に文系を卒業してから理系を再履修するなど効率の悪い学習をしてもハッピーな結果にはならない。ビジネススキルのベースになるリベラルアーツの思想や教育も徹底されていない。本当にそのような教育で柔軟に発想できるイノベーション人材を育成できるのであろうか?
米国の大学ではメジャー・マイナー制度という600もの専攻からの主専攻と副専攻の自由な選択と組み立てが出来る制度があり、途中で変更も出来る。ダブルディグリー、デュアルディグリー、ジョイントディグリー、ダブルメジャーといった多彩な選択肢も用意されている。
最近日本でも教育制度を修正する動きはある。総合科学部という文理の融合型の学部やリベラルアーツ学部をもつ大学もわずかではあるが出てきた。少しずつ増えているAO入試も人物重視の試みである。学習指導要領の改訂に伴って変更を繰り返している大学入試センター試験も廃止の動きがある。時代に合わなくなった教育を変えていこうとする動きであろうが、融通の利かなさは相変わらずである。多様な人材には多様な育成の仕組みが必要だ。それには社会全体が文系、理系といった固定概念から脱却することが必要ではないかと思う。

 

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