政策と産業の最新動向を伝え、解説する“クオリティペイパー”


「平和」の大切さをかみ締める時

-70回目の終戦記念日に思う-

70回目の終戦記念日を迎えた。日本はなぜ、戦争を始めてしまい、なぜ、原爆を2発も落とされるまでやめられなかったのか?先日、日本のいちばん長い日と言う映画を見てその様相を改めて感じた。
阿南陸相と鈴木貫太郎首相、昭和天皇との個人的、お互いを尊重する3人が結果的に終戦にまで持ち込めたことが良く描かれていた。その中で、陸相が御前会議で「陸軍600万人は明治の戦争以来、負けたことがない」と言い張り、本土決戦を叫び続けていた。
負けたことがない?それは軍部が、ノモンハン事件やインパール作戦の失敗をひた隠ししていたからなのであろう。ガダルカナル島玉砕など重砲火器の圧倒的な力の差、戦線補給力のなさ、少ない勢力を集中させるのでなく、全体太平洋や中国、東南アジアまでも戦線を広げた、孫子の兵法からいっても全く勝ち目のない戦いを繰り広げた軍部は誰も責任を取ろうとしていない。
極東軍事裁判が戦勝国の独善と主張する日本人もいるが、あの当時も今も戦前の軍部の責任を誰が裁けるのか?結局、最後は天皇陛下の責任になってしまうため、軍部の責任が問われない無責任体制の連鎖が続いていたのである。
昭和6年の満州事変に端を発した、日中戦争を勝手に押し進めた関東軍。統制派の穏健派、永田鉄山軍務局長が殺害され、その後、皇道派が失脚、そして、軍の予算を削ろうとした高橋是清大蔵大臣他を襲撃する2・26事件に至るシナリオを描いた黒幕が必ずいたはずである。
傀儡の満州国を作った関東軍の予算の20%はアヘンであったと言う事実は
この国の闇に葬られようとしている。太平洋戦争で亡くなった310万人のうち、海外では240万人。その80%が昭和19年以降だそうだ。途中で講和をしていれば、被害は少なくなっていただろうし、他の国の領土で戦争を仕掛けた「侵略」を続けた加害者でもある日本が、世界で唯一の被爆国となってしまった要因でもある。
70年戦争をしなかった「平和」の国が核不拡散条約に署名しない理由も良くわからない。心の底から、私は戦争で人を殺したくないし、家族の命も失いたくない。他の国がこの資源の何もない日本を攻め滅ぼしにくるとはとても思えない。近隣との友好関係を構築していくことが、70年前の反省を踏まえた日本のとるべき道なのでなのはなかろうか?         (成知)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">