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日本の寛容な宗教観はダイバーシティに通ずるはず

木内里美(株式会社オラン代表取締役)

特異な日本の宗教観
日本の特異な宗教観は時々話題になる。神道で生まれ、キリスト教で結婚し、仏教で生涯を閉じることに違和感がない。一神教の世界から見れば、あたかも節操のない宗教観として揶揄されるほどに宗教へのこだわりがない。もちろん熱心なクリスチャンもいれば仏教徒もいるし、ムスリムもいる。しかしお互いに干渉することもないし、差別することもしない。少なくとも宗教戦争だけは起こらないと断言できる。
この独特の宗教観を「日本人は無宗教だから」と片付ける人もいるが、筆者はそうは思わない。行事を大切にするのは何らかの形での神との関係を求めているように思う。正月にしろ、節分にしろ、節句の行事にしろ、お盆にしろ、秋祭りの神輿にしろ、安寧や健康や祖先への思いや人智を超えたところへの畏敬の念を感じさせるのだ。ひたすら寛容なだけではなく、宗教観は持っていると思う。
インドネシアのバリ島は90%がヒンドゥ教徒であって、インドネシア全体の90%がムスリムであることから考えると極めて特異な宗教文化を持っている。島民の信心は深く、日々欠かさず供え物をし、1万以上あると言われている寺院では毎日どこかでオダランという寺院創設日の奉納が行われている。日本の迎え盆、送り盆と同じようなガルンガン、クニンガンという神々や先祖の霊を迎え送る行事もある。これに海外からの観光客が参加しても常識的な仕来りさえ守れば拒否されることはない。
日本とバリの宗教観は形態こそかなり異なるが、その寛容さには共通するものを感じる人は多いと思う。

その寛容さをもってすればダイバーシティも進む
寛容の精神は自分と異なるものへの理解や受け入れができるわけであるから、異文化の理解や吸収も得意なはずである。異端な意見に対しても差別するようなことはない。今風に言えば、ダイバーシティは得意なはずだ。
ところが実社会での有り様は少し異なる。さすがにグローバル社会と言われる今日において改善はされつつあるが、異なることへの価値を認め、違いを尊重することはまだあまり得意ではない。ダイバーシティが女性の地位・処遇の数ばかりに目が向けられているのもおかしなことだし、異端児を毛嫌いする風潮も厳然とある。社会でも組織内でも同質尊重があったり、村社会の排他性が残っていたりすることが散見される。
そこで根元的な日本人の宗教観に立ち戻れば、その寛容さにおいてダイバーシティなどお手の物ではないだろうか。そのギャップを感じつつもダイバーシティ対応への期待は高まる。

(元大成建設CIO、CIO賢人倶楽部会長、ビジネスシステムイニシアティブ協会理事長)

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